Indianapolis Moto GP観戦記(その3−3)

ジョンさんと2人でシカゴに向かった。インディーからシカゴ方面に帰るバイク5台ぐらいのグループと一緒だった。
かなり寒く、ガソリン補給時にレイン・コートを重ね着ぎした。ハレーの人はノーヘルで他の人たちは、ジェット型又はフルヘェスである。日本みたく、ハーフキャップなど一人もいない。帰りの道は1度だけ工事中で渋滞した。
行き道で時々見たのは、小動物(多分リスだと思う)が車にひかれているのを何度か見た。

ジョンさんの家の周りでも1日に何回もリスを見ている。自然の動物が多いのである。夜に、無事家につき、食事をしていたとき、スザンヌさんに英語と米語はどうかと聞かれたが、ブロークンの私自身それにこたえられるレベルでないが、米語は言葉を短く簡略化する傾向に有り、また、名詞も異なるのがある。007の映画を見ればわかるのではないかと答えた。確か日本語は1分間に約260語位しか話せなく、米語は約460語位言えるそうなので早く、まくしたてられたらどうしょうもない。色々な、話しをし食事も終わり明日に備えた。


月曜日は、子ども達は学校なので朝早くから出掛けた。私とジョンさんはガンマのメインテナンスをし、奥さんのスザンヌさんは、知り合いの生後7か月の赤ん坊を預かった。アメリカではベビー・シッターという習わしがある。日本では、何かあったらどうするのという考えが先にななるのではないか?お互い助けあっているのである!

午後は、長女のレンジーのフィールド・ホッケーに応援に行った。男子は、体力増強のメニューをしていた。何しろ体が大きい。日本でも高校野球が盛んな学校では、していると思うが、体だが違う。
次の日は、次女のジェナが、サッカーをやっているので応援かたがた迎えに行った。学校は、元陸軍の跡地であるが何しろ広い。

帰りは、友達数人を乗せそれぞれ自宅まで送り届けた。また、道角に国旗が掲げてあったので、聞いたら1年中掲げてあるそうだ。

関心するのは信号機の無い十字路で日本みたく角に家や看板などなく全ての見透視がよく車などこなくても、みんな止まってから、通過していた。高速道路でも割り込みなど無い。脇道からメイン道路に出るときも、車2〜3台通過すれば必ず出してくれて出れた!

また、日本で時々みかける運転で膝の上にペットや子供をエアーバック代わりにして運転している車もなかった!
如何しても、色んな事を比較してしまう。

若い人のファッションも、日本見たく、腰パンやタレント見たいなヘアースタイルをしている人も見かけなかった。また、人が集まる場所で、マスクをかけている人もいなかった。どうも、日本はTVのニュースに振り回されているように思う。
走っている車もミニバンばかりでなく色々な車であった。

携帯電話は普及しているが、そこらじゅうで電話で何かしている人もいなかった。多分、欧米ではフェースtoフェースを大切にしているから、よくパーティーをするのであろう。



渡米は、オースチン・テキサスやシカゴなど数度あるが、日本は、美しい国だし、食べ物も和食、中華、イタリヤ等なんでもあるし、日本の良さもあるが何時もカルチャー・ショックを受ける。

また、大抵の住宅は地下室と暖炉がある。(地域にもよるが)何しろ、日本だと国内旅行していて時差など考えたこともない。

今回も、ジョンさん一家にお世話になり心から感謝している!

来年は、ジョンさんは予選から見ようと言ってくれたが、どうなるか?








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